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【電車日本一周】旅をしてよかったこと

日本一周まとめ
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電車日本一周は辛かった。
だけど、やってよかった。

素晴らしい名所をいくつも観れて感動した。
途中から旅が辛くなっても、「あの場所を観れてよかった」という思いは変わらなかった。

そして、旅を終えてからは、時間が経てば経つほど、「あの時に旅をしてよかった」と思うようになった。

日本一周は、ただ移動して景色を見たという経験では終わらず、多くの学びがあった
人生の宝物になった

今回は、旅の最中に感じた“よかったこと”と、旅が終わってから静かに湧き上がってきた“よかったこと”を書いてみたい。

旅の最中に感じた“よかったこと”

名所を短期間で凝縮して味わえた

約2カ月と期間で、東西南北を移動して名所を観れたのは、本当に贅沢な体験だった。
列車を乗り継ぎ進むと、景色が滑らかに変わっていく。

同じ日本なのに、気温も、空気も、町の歩き方も、土地ごとに違っていた

同じ夏でも、場所によって暑さの感じ方が全然違う。
奈良や京都は評判通りの暑さ、盆地ならではの。
山陽は涼しい、風があり。
四国は寒いくらい、山があり。

関西はクマゼミが鳴き、東京周辺ではアブラゼミがなく。

2カ月という短い期間で移動時間が長かったからこそ、日々変わりゆく日本各地の町のグラデーションを感じることができた。

そして日本人の自然との繋がりを、何より強く感じた。
日本の文化の根本には自然があるということを。

日本一の大滝で知られる熊野の那智大社
豪快な段壁渓谷の大歩危峡
断崖の上からの迫力ある景色が圧巻の東尋坊
山岳信仰と修験道の聖地

大自然と、そこで暮らした人たちの営みが感じられる名所を、幾つも観ることができた。
2カ月という期間は旅を凝縮させ濃厚にした。

日本の名所は自然と共存し、自然と切り離せない。
名所を巡っていると、自然こそが日本文化の土台だと気づく。

神社は山に抱かれるように建ち、
寺は自然を、悟りを得るための修行の場として庭を作り、
城は川の流れや地形の起伏を読み取って築かれている。

そこには、建築技術などの建物の凄さだけでなく、自然と人が寄り添ってきた時間がある。

日本一周を一言で表すならば、「自然を感じる旅」と言えるのかもしれない
それくらい、日本は自然が豊かで、人間の歴史に自然が大きく関わっていることを再認識させてくれた。

日本の地方の現状を知れた

旅は観光ポスターの裏側も見せてくれる。
観光地は鮮やかで居るのが楽しい。
でも居られるのは少しだけで、次の目的地に移動しないといけない。
そこまでの移動時間が長い。

そこでは観光地の裏側と言っていい現状を目にする。
昼なのに静まり返ったシャッター街。
補修されずひび割れたままの道路。
乗客がほとんどいないローカル線。
無人駅。

道も汚い、手入れされていない、掃除されていない。
高齢化や人口減少を否応なく実感させられる。
知識としては知っていた地方の現状を、その土地を歩くと、それだけで否応なく実感させられる。

「大変だな」という感覚。
歩いていても気持ちが沈む、少し。
「この先この土地はどうなるんだろう」
そんな漠然とした不安も湧く。
地方が衰退すれば日本も衰退しまいそうだからだ。
そうした他人ごとに思えない、将来への不安を感じる。

それと同時に、都市についても考えさえられる。
地方を見ることで、自分が住んでいる都会を再確認する。
「それに比べて自分の住んでいる都会はましだ」
「東京という都市に住んでいてよかった」
と。
ありきたりな表現だが、自分は恵まれていると思える。
「毎日頑張ろう」って、日々の糧になる。

自分の“知らなさ”を痛感した

旅の途中、最も痛感したのは、自分が無知だということだった。
神社の案内板を読んでも、歴史背景が結びつかない。
寺の庭園を眺めても、石の配置の意味が分からない。
城を見ても、築城の仕組みや意図が分からない。

名所に足を運べば運ぶほど、自分の知識の浅さがどんどん露出していった。
それは嫌な感情でなく、自分が求めていた感覚で、「もっと知りたい」と思わせる、好奇心が駆り立てられるものだった。

神社にしろ寺院にしろ城にしろ、一つのことが他の分野と関連しているのが、面白い。
城の建築技術には寺院建築が関係しているし、大名庭園には寺院の庭の作庭技術が関わっている。
文化に仏教や神道という宗教の美意識が深く関わっている。

そうした関連していることを知ると、名所の鑑賞がひときわ楽しくなる。
知れた喜びもひとしおとなる。

旅を終えてから感じた“よかったこと”

時間が経つほど、達成感が大きくなる

そんな楽しい感情が旅の最中あったが、それでも、旅を続けると飽き、感動が薄れ、うんざりして、疲れる。
だから旅を終えた直後は、心底「旅はつまらない」と思った。

それでも、達成感はあった。

その達成感が、月日が経つと大きくなる。
時が経てば経つほど、それが大きくなる。

若い頃だからこそ挑戦できたという事実
不自由で非効率な日々を過ごしたという事実
あの長い距離を移動したという事実
日本全国を回ったという事実

これらは、思った以上に心の支えになる。
「やりたい」という想いを実現した実行力
挑戦してやり切った達成感
日本一周は、人生の中で確かな自信になった。
時間が経つと辛い思い出は美化されるもので、日本一周は今では素晴らしい思い出となっていると言ってもいい。

人生の宝物になった

知識の土台になり、その後の学びが深まった

旅が終わってから、歴史や文化を調べる機会が格段に増えた。

あの寺の門の形
神社の参道の雰囲気
城の石垣の角度
町の地形

現地で見た実物が頭の中にあるから、文字を読んだときの理解が深くなる。
腹落ちしやすい。

「なにこれ」と思い、旅で撮りまくった案内板の写真やメモは、その後の学びの土台になった。
知識が増えていく感覚は純粋に楽しく、「知らなかったからこそ調べる」喜びを何度も味わった。

大袈裟に言えば、「旅は学びの速度を上げてくれる」とも言える。
これほど強い教材はないとつくづく思う。

旅を終えたあと、歴史を調べる時、名所について調べる時、あの時歩いた場面が思い出される。
一度行った場所は、文字を読んだときの理解の深さがまるで違う。
旅は、知識の吸収率を上げてくれる最高の教材なのだ。

コミュニケーションが豊かになった

「○○出身なんです」と言われれば、
「あ、あそこ行きました」と返せる。

自分の感じた印象と、地元の人の感覚がどう違うのか尋ねると、そこから会話がふくらむ。
「この神社がよかった」「この景色が印象的だった」と話すと、
「地元でここがお勧めだよ」「ここが人気があるよ」と教えてくれたりもする。

日本一周そのものが話題になるから、コミュニケーションに大いに役立っている。
「行ったことがある」その事実だけで、会話がしやすくなる。

話すことなんて、何でもいい。
天気・食べもの・お土産・名所…。
「行ったことがあって、よかったですよ。自分の時はこうでしたけど、地元の方にとってはそれって、どうなんですか?」
と話題に困らない。

そして自分自身が聞いて楽しいから、相手も不快にはならない。
日本一周の体験は、人間関係を豊かにするうえでとても役立っている。

旅の最中と旅のあと、その両方を振り返って

旅をしている時に得たものは、
自然と文化の結びつきの深さ
地方の現実
自分の無知との出会い。

旅が終わってから得たものは、
達成感
知識の土台
人とのつながりを広げる力。

電車日本一周の旅は、ただ景色を追いかける旅ではなかった。
列車の車窓から見える断片的な日本を繋ぎ合わせ、
その奥にある歴史や文化や営みに、静かに触れる旅だった。

そして同時に、自分の内側を少しずつ広げていく旅でもあった。

やってよかった。
本当にそう思う。

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