旅をするようになってから、山梨県が好きになった。
東京からのアクセスがよく、日帰りでもちょっとした旅行気分を味わえるし、大好きなぬる湯があり、フルーツやワイン、ほうとうや馬刺しなどの郷土料理も楽しめる。
そんな山梨県に興味をもち始めた数年前、春日居町や石和温泉のことを調べていたら、地方病という恐ろしい病気を知った。
田んぼに入ると病気になり死んでしまうという、現代では考えられない病気である。
この病気は寄生虫に感染することで肝硬変を起こし、お腹がパンパンに腫れて歩けなくなり死んでしまう病気だが、Wikipediaを見たときはこんな病気が戦前まであったのかと大きな衝撃を受けた。
正式名称は日本住血吸虫症といい、一部の地方でしか見られないことから山梨では地方病といわれ、広島では片山地方に見られることから片山病といわれていた。
戦後に流行終息宣言が出され地方病は過去のものとなり、この病気を知った時は衝撃を受けたが、時間が経てばすっかり忘れていた。
それから数年経ち、ふと古代の病気が気になり調べていたらこの地方病のことを思い出し、『死の貝』という本を読んでみたら、改めてこの病気の怖さと、根絶に向けて要した地元の人々の多大な努力を知ることとなった。
病気については『死の貝』のレビューと記事で書いているので割愛するが、本を読んでいて以前から気になっていたことが解決した。
それは果樹園である。
なぜ山梨県には果樹園が多いのだろうか。
ネットで調べてもフルーツを育てるのにいい環境だから、江戸時代から栽培しているから、としか書かれていない。
しかし『死の貝』には、地方病を根絶するために果樹園を増やしたという興味深いことが書かれている。
昭和27年(1952年)以降、山梨県は戦後の復興のために養蚕産業の拡大化を図り、山を開墾し水田を桑園にした。
大都市の市場に近い山梨は長野、山形、福島、茨城、栃木といった養蚕県を制する形で拡大を遂げ、県内で最高4万戸が養蚕を営んだ。
しかし昭和30年から生糸の価格は頭打ちとなり、33年からは過剰生産で価格は下落する一方となる。
そうしたなかで、山梨県では米や麦、養蚕に代わる農産物を求めた結果、ブドウや桃などの果樹の作付けをしようと意見が出された。
山梨の気候は果樹栽培に適すし、大消費地の京浜地区に隣接し、輸送手段の向上により鮮度が保証でき、また国民生活も潤い始め果物が一般家庭でも消費されるようになり需要が高まっていた。
その流れに乗り、水田や桑畑を果樹園にしたらどうかという画期的な提案が、甲府の周辺で行われたのだ。
釜無川と笛吹川の流れる甲府の扇状地では、地方病の原因となる寄生虫が中間宿主とするミヤイリガイが広範囲にわたり生息していた。
田んぼやその用水路、小川、桑畑にミヤイリガイがいて、薬を撒いたりガスバーナーで焼き殺したり土を太陽に当てて死滅させても、その繁殖を食い止められなかった。
そんな状況を根本的に解決できる手段として期待され、農地の果樹園化が実行されたが、これが効果的だった。
水が無ければミヤイリガイは繁殖できないし、土が10㎝ほどかぶせられれば死ぬので、土壌改良がミヤイリガイの根絶に繋がったのだ。
ご先祖様が苦しめられてきた病気と決別できるならと、地元の人たちは率先して農地の果樹園化に取り組んだという。
ブドウの品種改良も進み、昭和34年には種無しブドウの開発に成功し、ビニール栽培も普及し果樹栽培面積は増えた。
格段に増えたブドウを使ってワインが造られるようになり、中央線を使った東京からの日帰りで楽しめるブドウ狩りなどの観光化も進められた。
昭和35年には地方病患者の多い地域(有病地)の3分の1が果樹栽培の土地となった。
そして水路をコンクリートにしミヤイリガイが住めないようし、薬品の散布を継続して、戦後に流行終息宣言が出され地方病は過去のものとなった。
そんなことを本を読んで知った時に、以前からの疑問がすっと腑に落ちた。
石和温泉や春日居町を歩いている時や旅をしている時に、電車の車窓から目に入ってくる桃や葡萄の樹を見ると、農地の果樹園化が昔の人の命を救った事業だったことが思い起こされる。
『死の貝』を読むと、田んぼの水路のコンクリート化についても考えさせられる。
コンクリ化は自然を壊すからよくないと思っていたが、コンクリ化によって長年人々を苦しめてきた病気をなくすことができた。
コンクリ化はよくないとは簡単に言えないと、勉強になった。
そんなことに興味のある人には一読をおすすめする。
『死の貝』のレビューはこちら↓
【本のレビュー】小林照幸『死の貝』世界で唯一日本住血吸虫症を克服した先人達の胸が熱くなる物語 | 四季を気ままに旅をする (shikikimama.com)
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