【本のレビュー】小林照幸『死の貝』世界で唯一日本住血吸虫症を克服した先人達の胸が熱くなる物語

病気・医学の本
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日本にはかつて、水田に入ると足がかぶれて熱が出て死んでしまう病気があった。
顔色が黄色くなり手足は瘦せ衰え、腹ばかりが膨れて太鼓のようになり、歩けなくなり死んでしまう病気で、山梨・広島・福岡・佐賀の4県の一部の地域でみられた。
山梨は甲府盆地の扇状地に広範囲に広がるものだったが、広島は福山市の片山地方、福岡と佐賀は筑後川下流域の一部の地域に限られた。
そのためか、古くから山梨では地方病広島では片山病と呼ばれた。

日本住血吸虫症というこの病気は、寄生虫病である。
住血吸虫という寄生虫が肝臓と小腸の間にある門脈という器官に住みつき、栄養のある血を吸い発育障害や肝硬変を起こし死に至らせる。
寄生虫の幼生はミヤイリガイという貝に寄生していて、人や動物が近づくと皮膚に張り付きそこから体内に侵入していく。
寄生虫の中間宿主となるこのミヤイリガイは、発見した宮入教授の名前が付けらえているが、実は当時世界でまだ発見されていなかった貝でもあった。

当時誰も知らなかった生き物が中間宿主だったことから分かるように、この病気は前例のない未知のもので、解明には多くの時間と苦労を要した。
当時はマラリヤや黄熱病といった蚊に刺されて発病する病気以外の、寄生虫病は飲食物を介して経口感染するものだと考えらえていたし、数ある寄生虫の中でも門脈に住み着くのは日本住血吸虫だけである。

多くの優秀な医者や研究者がこの病気の解明に当たり、世界で初めて克服するに至ったことには深い感銘を受ける。
そしてそれだけ原因を突き止めるのが難しい病気だっただけに、発症して命を落とした人のことを思うと、何ともいたたまれない想いになる。
治療方法が確立したは戦後になってからで、戦前までに多くの人たちがこの病気に苦しみ命を落としていった。

田んぼや小川、用水路に生息しているミヤイリガイが病気の原因であると知った時の、住民の思いはいかなるものであったのだろうか。
農作業はおろか、当時は洗濯や行水を小川や用水路で行っていたため、寄生虫が経皮感染するとなると普段の生活ができなくなる。
当時は仕事を替えて土地を捨てて生きていける時代ではない。

河川や水路に生石灰を撒いてミヤイリガイを死滅させ、あるいはガスバーナーで田に潜むミヤイリガイを焼き殺し、糞肥を太陽に当てて卵を死滅させ、またある時は人海戦術でひたすら捕まえるも、ミヤイリガイは繫殖力が強く一向に減る様子がない。
豪雨による洪水が起きれば上流から新たなミヤイリガイが流れてきて、生殖地が拡大される。

その一方で治療薬には副作用があり苦しい思いをする。
こうしたことが戦前まで続いていたことを知ると、いろいろと考えさせられる。

また、本には胸が熱くなる話や思わず目頭が熱くなるような話も書かれている。
遺体を解剖することに大きな抵抗があった時代に、自分の体を村人のために役立ててくれと死体解剖を希望した杉山なかという女性がいた。
彼女の申し出を涙ながらに受けた吉岡という開業医は、常に患者に最高の薬を与え、診察費を払えない患者にはつけにして患者のために尽くしていた。

住血吸虫の成虫の発見に多大な協力をした三神という医師は、朝から晩まで診察に明け暮れ、午前7時の診察を待って患者が並べば冬は寒くて可哀想だからと5時から診察を始め、酒宴の席に参加する時も急患があるといけないからと酒には一切口を付けず、吉岡のように常に最高の薬を与え、診療費の滞納をする患者には催促をしなかった。

そうした人物がいたことを、この本で知ることができる。
この日本住血吸虫症という寄生虫病を日本は研究を始めてから百年あまりで完全に駆逐し、世界で初めて住血吸虫症の苦しみから解放された国となった。
先人達のおかげで今日の日本があり、そして戦後の中国へのアドバイスやフィリピンへのODAによる支援など、先人達の意思は別の医師に受け継がれている。

本を読んで、用水路のコンクリート化が恐ろしい日本住血吸虫症の根源となるミヤイリガイの繁殖を食い止めるのに大きな効果があることを知った。
これまでコンクリ化は自然を壊すもの、税金の予算を消費したり雇用を生むためのものという考えしかできなかったが、自分の考えがいかに幼稚なものであるかを痛感した。

安易に自然のままがいいとか、自然を壊すなとかいうものではない。
本来の自然が残されているということは、昔から存在していた寄生虫や病原体がいるという事実も併せて知っておくべきである。
戦後に合成洗剤が河川を汚染させたことが、ミヤイリガイの死滅に繋がったことも否定できず、人間と自然の関わり方は総合的な事実を知った上で判断すべきだということも、この本は教えてくれる。

そしてミヤイリガイは根絶された訳ではない。
平成に入りその解決に一番苦労した山梨は他の3県に遅れて「終息宣言」を出し、「流行が終息した」ということで地方病との闘いが一区切りしたが、国内にはまだミヤイリガイは生息している。
海外では中国やフィリピンなどでも依然感染して命を落としている人が多く、アジアで働く人も知っておいた方がいい病気である。

小林照幸『死の貝』文藝春秋(1998)

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