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明治時代

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北海道

北海道開拓の歴史⑥タコ部屋労働Ⅱ メモ・タコ経験者の証言・補足

メモタコ部屋の構造一番偉い親方は、管理人、小頭、部屋頭ともいわれた。その代理格が世話役で、土工夫の配置、仕事の割り当て、段取りなどを決めた。その補佐役が帳場で、部屋内の記帳、会計事務にあたった。そして、それらの下に、数人の棒頭がおり、棒頭は...
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北海道開拓の歴史⑤タコ部屋労働Ⅰ

はじめに明治時代から本格的に始められた北海道の開拓は、士族の移住・屯田兵・農村からの団体移住により行われたが、その一方で、囚人労働やタコ部屋労働の過酷な使役も行われた。タコ部屋労働とは、働き盛りの土工夫が人里離れた僻地で暴力の支配の下、強制...
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北海道開拓の歴史④囚人労働

はじめに枕木の数だけ犠牲者が出た。北海道の開拓はこんな言葉で表されることがある。これは、囚人やタコ部屋による過酷な労働があり、それにより亡くなった多くの人たちが、北海道の地に眠っていることを表してる。囚人労働に関する本を開くと、そこには、厳...
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北海道開拓の歴史③農村からの団体移住

北海道移住が加速した時代背景明治初期、見向きもされなかった北海道の地は、明治時代中期になると、人気の移住先となる。その要因は、人口増加と自然災害、不況だった。明治20年代に入ると、日本の人口が増加し、食糧が不足し、各地方の農村から東京や大阪...
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北海道開拓の歴史②屯田兵の移住

制度(屯田兵制)明治初期に北海道の移住を勧めた政府だが、応募が思わしくないため、明治5年には募集をやめ、既に定着した移民への援助に切り替えた。そして明治6年、北方警備と開拓とを兼任させる屯田兵制を開始する。屯田兵とは、平時は農業を営むかたわ...
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北海道開拓の歴史①時代背景・初期の移住(浮浪者・士族)

はじめに明治時代より本格的に進められた北海道の開拓は、原始林が広がる鬱蒼とした広大な土地を、冬の厳しい寒さと雪のなか、進められた。士族や屯田兵、農村からの団体移住者が多くの困難を伴いながら、苦労の末にようやく未開の地を切り開き、それが現在の...
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