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【北海道7日間の旅2日目】札幌のビール(日本一周Ⅱ16日目②)

北海道
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札幌の歴史とビール事業

北海道開拓の村と北海道博物館を訪れた後は、札幌駅に戻り、札幌ビール博物館へ。

札幌駅から徒歩20分と歩いて行ける。
ビール博物館の近くには、新鮮な生ビールとジンギスカンを楽しめるサッポロビール園がある。

ビールを飲みに行ったが、展示の内容が良い。
無料で、中に入るとレンガ造りの建物やビールを造る機材も見れる。

北海道でのビール造りは、函館の外国人居留地から「日本でビールを作ってくれ」と要望が増えたのがきっかけだった。
それで、開拓使の事業として始まった。

北海道の気候は、ビール作りに適していた。
原料となるホップと大麦の栽培に適しており、また冷却に必要な氷雪を確保でき、水も豊富だった。

北海道で作られたビールは、低温で発酵・熟成させるドイツ式のラガービール(在日本で売られている大手メーカーのビールと同じ)で、冷却用の氷雪が必要だった。
また当時は、現在のような熱処理で酵母の働きを止める技術がなかったため、夏に船で東京に運ぶ際、が必要だった。

そうした要件を満たしたので、北海道でビールが造られた。
しかし苦労が多く、ようやく造ったビールの値段は、高価だった。
明治10(1877)年で、大瓶1本が16銭で、これは日本酒一升瓶の3.5本分、かけそば20杯分の値段で、それでも利益が出まなかった。

そんな歴史が印象的。

その後、外国人からの評判が上がり、国内でも評価され、ビール造りが軌道に乗る。

東京でも造られるようになり、全国に広がっていく。

ビール以外の事も知れる、開拓使の解説も、いい展示。

札幌の歴史が分かるパネルもいい。

札幌は開拓使により繁栄したした町
明治2年(1869年)に札幌本府(今でいう北海道庁か)を建てた時は、札幌は森林に囲まれた土地だった。

明治4年(1871年)に、東京にあった開拓使が札幌に移されると、その周りに役所や病院が建てられ官庁街が造られた。
現在の北海道庁や時計台、札幌市役所がある一帯がその中心。

東西南北に20m幅の道路を通し、碁盤の目のように整然と建物が建てられ、今につながる札幌市街の発展の基礎が造られた。

明治4年 東京から開拓使が札幌に移されると、それまで森林に囲まれていたこの地に、役所や病院が建てられ官庁街が形成された。

創成川を境に東側には工場地区が、大通を挟んだ南側には商業地や住宅街が整備された。
すすきのをはじめとする歓楽街が南側にあるのも、こうした町づくりの名残。

展示を楽しんだ後はビールの飲み比べを。

黒ラベルとサッポロクラシック、開拓使麦酒の飲み比べ。

黒ラベルはロングセラーのすっきりとした飲み心地、
サッポロクラシックはビール本来のうまさにこだわった副原料を使わない麦芽100%ビール、
開拓使麦酒は創業当時の味を再現しビール酵母が生きたまま入っているビール、
と説明がある。

個人的な感想は、
黒ラベルは麦の香りを楽しめ、
サッポロクラシックはまろやかで飲みやすく、
開拓使麦酒はコクや甘味、酸味のある独特の口当たりが特徴
だった。

味噌ラーメン

札幌といえば、味噌ラーメンが有名。
昼ごはんに、札幌駅近くにあるらーめん共和国の白樺山荘で食べた(後に閉店)。

ゆでたまごお代わり自由で、ニンニクの効いた味噌ラーメン。

味噌ラーメンの説明
函館・旭川とならぶ北海道三大ラーメンの一つ
札幌のラーメンが広まったのは、戦後になってから。
寒冷な気候から、コクのある濃い味のラーメンが好まれた

味噌味なのは、体にいい味噌を使ったラーメンを開発したのが始まりとも、客の要望に応えて開発したのが始まりとも言われている。
いずれにしても、醤油と塩が主流だった当時、味噌は大きなインパクトがあり、札幌という観光客の集まる場所だったのもあり一気に各地に広がった。

すみれも有名なので行ったが、残念ながらコロナで休業。

この日はアパホテルTKP札幌駅前に宿泊。

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