かつて、戦後まで山梨の人たちを苦しめてきた地方病について調べたら、フィリピンで活動する林正高医師を知った。
ODAで12年フィリピンでシスト(日本住血吸虫症・地方病のこと。本ではシストとしているため、以下シストと記す)患者の治療に当たり、その後もフィリピンに渡り計45回現地に行っている医者である。
シスト患者の多い中国にも6回行っている。
医療に従事しながら「地方病に挑む会」を立ち上げボランティア活動を行い、一口700円の募金を募っている。
この「700円募金」は治療薬の値段が700円するためそう名付けられている。
700円で1人のフィリピン人のシスト患者を救えるが、この金額は単純計算すると、現地の5000円に相当する(厳密には4900円。本の出版時の2000年で)。
が、フィリピン人の大学新卒者の月給が当時2万円以下であることから、実際は5万円に相当し、また、貧しい農家の年収は5千というから、実際はさらに高額だと考えられる。
著者の林医師は、募金されたお金は全額薬に宛て、必要経費や自身の渡航費・事務費・交信費・会議費などは、一切募金から使わず、自腹で活動している。
著者は日本人がシストという難病を絶滅に近い状態にできたのは、ヨーロッパやアメリカの先進諸国のおびただしい数の科学者たちの知識を吸収したからだと述べている。
確かに多くの研究者による多大な努力があったことは間違いないが、世界の知識を吸収し、また協力を得たからこの状態になったのだと。
そして自身の活動の動機について、次のように述べている。
今、アジアの近隣諸国の中で中国とかフィリピンにはたくさんのシストの患者がいて、かての山梨地方に見られたように、命を落とす患者が絶えない現状なのです。日本人が成功を収めた医療の技術や経済的な余力を、これらの国々に提供することは、今日の国際化社会にあって、当然の義務であり、責任である、と私は素直に考えてきたわけであります。
林正高『寄生虫との百年戦争』p117
この本では著者の本職である、神経科医からの目線でシストがどんな恐ろしい病気なのかが書かれている。
『死の貝』では肝臓と小腸の間にある門脈という器官に住血吸虫が寄生して肝硬変を引き起こすことが書かれているが、シストの怖さはそれだけではない。
1日に3000個もの卵を産み、10ペア、50ペア、100ペアという成虫が1つの宿主に寄生して卵を産み続ける。
血管を通って卵が広がっていくため、肝臓や脾臓だけでなく、脳・肺・腎臓・小腸・大腸・脊髄、時には関節にまで、様々な悪い影響を与える。
フィリピンでは特に脳の血管に卵が詰まることが多く、痙攣発作が多い人だと1日に30~40回も起こり、また視野の半分が狭くなったり見えなくなる半盲という症状が出て、さらには失語症になる患者が多いとある。
レイテ島では大戦中に日本軍がシストに苦しみ命を落とし、その数は分かっていないが、米軍では1200人もの兵士が感染したとある。
また、馬には特殊な免疫機能がありシストに感染しないことが書かれているがこれは日本の症状とは異なるものである。
その他にも、ODAの課題、フィリピンの医療制度、フィリピン人の性格など、いろいろなことが本には書かれている。
手に入りづらいかもしれないが、機会があれば読んでいただきたい本である。
林正高『寄生虫との百年戦争:日本住血吸虫症 撲滅への道』毎日新聞出版 (2000年)
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