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【阿智村】夏の昼神温泉2泊3日の旅行 後半 天竜川舟下り【長野県】

長野県
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この記事は2012年の時のものです(現在ブログの引越中です)。
新しい記事を投稿次第、当時の投稿日(2013.08.05)に移動します。

天竜舟下り

旅館を出た後は、天竜の舟下りに参加。
旅館か温泉街のバス停か、どっちだったか忘れたが、送迎バスが出ている。
チェックアウトは9時くらいで、少し早く旅館を出ることになるが、移動が楽でいい。

昨晩の星空ツアーもそうだが、送迎バスがあり、その時間に合わせて、旅館が夕食や朝食を準備してくれるから、本当に楽。

舟が出るまで、お土産コーナーで待機

案内されて船着場へ

出発

最後尾だった

後ろにも船頭さんがいて、二人の船頭さんと川を下る

6キロをおよそ35分かけて下る。

正式には、天竜ライン下り、というらしい。
天竜峡の川下り自体は、明治中期頃からあったらしい。

それが、戦後に昼神温泉が湧出すると天竜峡を訪れる人が増え(それでも年間60万人)、ライン下りが本格的に始まったらしい。

ライン下りの会社は、以下の二つある。
天龍川ライン遊舟有限会社
南信州リゾート株式会社

利用したのは、天龍川ライン遊舟有限会社
だったと思う。

名勝で名高い(知ったのは旅行の後だが…)天龍峡を舟で下る。
天竜川の浸食によって造りだされた、南北約2kmにわたる峡谷の美しい景観を楽しめる。

文化遺産オンライン(HP)に、「天竜川の舟下り」として載っており、文化遺産として登録されている。

「天竜川の舟下り」は、江戸時代から昭和初期にかけて天龍峡や鵞龍峡の峡谷美を楽しむ専門の遊覧船として発達したもので、その開始は大正6(1917)年に遡る。河川の遊覧船としては日本で6番目に古く、日本の川下り遊覧船の草分け的な存在である。また、天竜川流域の交通や流通を支えた通船の操船・造船技術を継承するものである。
(中略)
天竜川の舟下りに使われる舟は、設計図を使わず、船頭の長年の勘によって作られます。操舟技術も、マニュアルなどはなく船頭の先輩の動作を見て身体で覚えます。現在、全国的に合成樹脂製の舟が主流を占め、木造船の造船・操船技術が失われつつある中で、伝統的な木造船の造・操船技術を継承していることも天竜川の舟下りの価値ある点といえます。

天竜川の水源は諏訪湖
諏訪湖から流れてきた水が川になり、静岡県へ抜けて、浜松市と磐田市の間を流れ、海に出ていく。

たまに水流が強くなり

また静かになってを繰り返す。

何とも言えない綺麗な緑の川の色

赤い橋をくぐって、舟下りは終わり。

舟にはエンジンが付いていないから、クレーンで3層にして、トラックに乗せて出発点に戻している。

昼神温泉を散策

送迎バスで温泉街に戻る。
旅館にチェックインするまで時間があるから、周辺を散策する。

朝見た阿智神社

祀られているのは、天八意思兼命。

天の岩戸に隠れた天照大神を、岩戸の中から導き出す方法を考えて指示した、智恵の神。
物差しの元を作った神様としても、知られているらしい。

阿智の里は、この神様が降りた地といわれたことから、「昼神」と呼ばれるようになったとも伝えられているのだとか。

甘味処で一服

長閑な田舎道

昼神温泉は、標高 約450〜500m。
真夏は、昼は流石に暑い。
歩くのも辛いから、再び、涼を求めて喫茶店へ。

石苔亭いしだ

2日目の宿は石苔亭いしだ

能舞台

夜になると和太鼓や三味線、尺八や能などの、地元信州の伝統芸能の公演がある。
この日は、二胡の演奏を聴くことができた。

館内

部屋

離れに風呂がある、なんともいい部屋

夕食

翌日も朝市へ

獲れたてのとうもろこしが絶品だった。
甘くてみずみずしい。

宿に帰って朝食

31膳と呼ばれる、いしだの名物料理。
29の小皿料理にご飯とお味噌汁が付いて、31膳。
見た目も栄養バランも良い、贅沢な朝食。

こちらも良い宿だった。

2泊3日、のんびり昼神温泉で寛いで、東京に帰る。
静かな温泉街で、都会の喧騒から離れ、静養によい場所だった。
星空や舟下りといった、自然との触れ合いもよい。
旅館から送迎バスがあるのも、便利だった。

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