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世界遺産 法隆寺の魅力① 法隆寺の概要と基本情報・斑鳩の歴史・南大門・中門【奈良県】

奈良県
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日本人であれば誰もが知っていると言っていいほど有名な寺院、法隆寺
日本で最初に世界遺産に登録された、日本を代表する寺院。
※世界遺産は姫路城と一緒に登録されている

法隆寺にはかれこれ、修学旅行合わせて4回行っているが、それでも機会があればまた行きたいと思う。
時間が許せば、朝から夕方まで、一日中境内にいたい。

それほど見どころが多く、調べれば調べるほどさらに興味が増し、飽きない。
歴史や寺院建築が好きな人にとっては、見どころの尽きない寺院なんだろうと思う。

今回は、そんな法隆寺を、旅をして知った魅力や見どころを紹介したい。

簡単な法隆寺の魅力・見どころ

法隆寺の魅力を簡単にまとめると以下のようになる
古代の寺院伽藍がほぼ完璧に近いかたちで残されている世界最古の木造建築群
・それ故、世界遺産の古都奈良の文化財に登録されている
金堂・五重塔・回廊が高い建築技術で造られている
今では手に入らない樹齢千年以上の檜が使われている
国宝・重要文化財の建物が多い
飛鳥時代から中世にかけて作られた仏像をはじめとする名宝類の数々が現存している

参拝・観光の基本情報

拝観料:2,000円(令和7年3月1日より値上げ)
西院伽藍内・大宝蔵院・東院伽藍内の共通券

拝観時間:午前8時~午後5時(2/22~11/3)
11/4~2/21は午前8時~午後4時半
受付は拝観時間終了30分前

所要時間:少なくとも90分
有名な五重塔・金堂のある西院伽藍の回廊の内側と、宝物殿の大宝蔵院、夢殿のある東院伽藍を観て境内を歩くと、ざっと見ても90分はかかるかと。
西院伽藍の内部に30分、大宝蔵院に30分、東院伽藍の内部に10分、境内を歩く時間(南大門→中門・回廊→大宝蔵院→東院伽藍→南大門)に20分弱、かかる。

じっくり観るなら(せっかく訪れるのなら、是非じっくり参拝していただきたいが)、2時間半~3時間を予定するとよい、と思う。

西院伽藍の五重塔・金堂・講堂は内部に入れるし、回廊も見どころがある。
大宝蔵院は展示の数が充実しているし、東院伽藍には幾つかの建築物がある。
別料金だが中宮寺もある。

そして境内各所には国宝や重要文化財が建っているので、そちらもゆっくり観るとさらに時間が必要となり、
また、境内の外の参道の法隆寺iセンター(無料観光案内所)にも立ち寄れば、さらに時間が必要となる。

これだけ見どころがあるから、拝観料が2,000円でも、高いとは思わない。

法隆寺の基本情報

拝観前の基礎知識として、簡単な基本情報を。

創建は推古天皇15年(607年)。
聖徳太子の父である用明天皇の病気平癒を願って造営された。
天智天皇9年(670年)に火事で建物がすべて焼け落ちたが、711年までには再建されたと言われており、それ以降は現在まで飛鳥時代に造られた金堂や五重塔が現存し、当時の姿を留めているとても文化的価値のある寺院。
※金堂は火災前に建立していた可能性があるという説も近年ある

平成5年1993年に日本で最初の世界文化遺産に姫路城とともに登録された。
境内の広さは約18万7千平方メートルという。

法隆寺は斑鳩寺( いかるがでら)・法隆学問寺(ほうりゅうがくもんじ)とも呼ばれ、各宗兼学の道場だったが、昭和25年1950年に法相宗から独立して現在は聖徳宗(しょうとくしゅう)の総本山となっている。

山号はないが、山号のない寺院は珍しくはないらしい。

法隆寺駅からのアクセスと周辺の寺院

JR法隆寺駅から法隆寺までの時間は徒歩約20分
法隆寺は朝8時から参拝できるが、駅から出ている法隆寺へのバスは9時以降の運行となる。

近くには法隆寺をともに世界遺産に登録されている法起寺(ほうきじ)がある。
法隆寺と同時代に創建され創建当初の三重塔が残る古寺で、法隆寺との距離は徒歩約20分。

フリー素材より

法起寺は以前は「ほっきじ」と呼んでいたが、法隆寺とともに世界遺産に登録されるにあたり、読み方に一貫性が欲しいという理由により、「ほうきじ」を正式とするようになった。
長年の親しみもあり今でも「ほっきじ」と読む人は多い。
※Wikipediaより
※推古天皇30年(622年)に聖徳太子により建立されたとされる(異説あり)
三重塔は創建当時から残る建造物で国宝に指定されている
聖徳太子ゆかりの岡本宮をその子、山背大兄王が寺にしたとされる

斑鳩町の歴史

法隆寺のある斑鳩町は奈良県の北西部に位置する生駒郡(いこまぐん)に属する町。

斑鳩町の歴史は古く、6世紀から7世紀前半に政治の中心だった飛鳥から聖徳太子がこの地に移り、法隆寺と周辺の寺院が造られた。
中世以降は斑鳩は太子信仰の中心地となり、近世は法隆寺の門前として、また市や宿場町として栄えた。

斑鳩の地は難波と飛鳥の中間に位置する、水陸交通の要衝だった。
水路は複数の川が大和川に合流し、大陸との玄関口だった難波津(大阪湾)へと続き、陸路は太子道(たいしみち)で飛鳥と繋がった。
太子道は別名「筋違道」。
中世以降は法隆寺街道と呼ばれ、現在は町道三宅70号線として活用されている。

斑鳩という名前は一説にはイカルという鳥から名付けられたと言われている

フリー素材より

クチバシが黄色く胴が白い小ぶりの鳥で、ムクやエノキなどの木の実を食べるという。
飛鳥時代から既にこの鳥が存在しているとは不思議な気がする

フリー素材より

南大門の鯛石

それでは、ここから法隆寺の見どころを紹介したい。

法隆寺の入口、南大門の前には、鯛石と呼ばれる石がある。

法隆寺を水害から守る石と云われ、これまで大雨が降り、近くを流れる大和川が氾濫しても、この石より上に水がくることがなかったいわれている。

後ろを見てみると確かに周りよりも高くなっている。
水害を避けるよう、土地を選んで寺院を建てていることが分かる。

礎石建築

法隆寺は現存する世界最古の木造建築物で知られる寺院なので、寺院建築についてもふれておきたい。
南大門の柱は礎石の上に立っている。

中門の回廊の礎石

法隆寺の五重塔や金堂は建物の柱が礎石という自然石の上にのっている。
飛鳥時代に仏教が伝来するまでは、神社では柱を土の中に埋めた掘立柱建築だったが、大陸から仏教が伝わると寺院では屋根に重い瓦を葺き、礎石を土台にして柱で支える建築方法が使われるようになった。
この礎石建築により重い屋根を支えることができまた柱が沈んだり土の中で腐ることがなくなった。

全ての寺院の礎石がそうなのかは分からないが、法隆寺では柱の底を礎石の表面に合わせて削り、のせている

それにより柱と石がピタッと重なり、一度建てたらびくともせず、重い瓦を支え、地震がきても倒壊しないようになっている。
※『宮大工と歩く奈良の寺』より

眼に見えない所で細かな技術が使われている。

南大門

南大門室町時代に造られた門で、国宝
僧同士の争いで焼かれ消失し、再建した。

これより先にある古い建物は全て室町時代よりも前の時代に造られたもので、門をくぐるとあたかも昔にタイムスリップしたかのような感覚を覚える。

南大門の先には何とも雰囲気のいい土塀が目に入る
(土塀については別の記事で紹介)

中門

南大門をくぐり土塀に囲まれた参道を歩くと正面に中門がある。

金堂と五重塔と囲む回廊の正面で、飛鳥時代に造られた門。国宝
仁王像奈良時代に造られた日本最古の金剛力士像

普通、寺の門は出入り口が一つか三つだが、この門は二つ
門の真ん中に柱が立っている不思議な造りは謎とされている。

右の阿像は、粘土を自然乾燥させて造った塑像で長い間風雨にさらされながら当時の面影を残している。

左の吽像木像

以前来た時は顔の一部が塑像で、修理の際にくっつけられた木像との色の違いが素晴らしかったが
その後の改修により同じ素材になっている。

改修が行われた時期は分からないが、2015年の夏は、塑像と木造を合わせた吽像を観ることができた。

2015年8月撮影

現在の吽像は木像だが、これはこれで右の阿像と同様に風化した様子となっており、改修技術の高さがうかがえる。
もしかしたら削げ落ちた塑像の部分に別の木を組み込んで繋ぎ目が分からないように改修しているのかもしれない。

それにしても塑像の阿像が現在もまだ立ち続けているのには驚く。
木の骨組みに土をかぶせて造る脆い塑像が千年以上もの間、風雨にさらされる場所で現存しているのは奇跡。
上から粘土を重ねて補修していて造営時の姿は見れないが、それにしても凄い。

回廊の中の有料ゾーン

中門の中の回廊に囲まれたここから先は有料ゾーンとなる。
拝観料は訪れた時は1500円だったが、令和7年(2025年)3月から2000円に上がるとのこと。

拝観料は3カ所の共通券となっていて、西院伽藍の回廊の中と宝物殿の大宝蔵院、そして東院伽藍の夢殿と、それを囲む回廊の中に入ることができる。

この中門の中の回廊に囲まれた部分が世界最古の木造建築が残る場所となる。
法隆寺には国宝の木造建築が回廊の外にもあるが、この回廊と中門それに囲まれた金堂と五重塔が特に古く有名で見どころが多い。

繰り返しになるが、
奈良時代以前の堂塔伽藍をこれだけ完全な形で残す寺院は他にはない
古代の伽藍がほぼ完全な形で残されているのは法隆寺だけ

拝観料が高く感じられるかもしれないが一見の価値がある。

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